土用と紗

昔の朝ドラ「半分青い」でトヨエツ演じるキャラクター漫画家の秋風羽織は、富士川より西に行く時は着物で出かけるという謎のポリシーをもっていました。

私も、新幹線に乗る時は羽織を着るという、根拠のないポリシーをもっているのですが、先日、新幹線で京都に遊びに(高級なお食事の店)行きたいけど、着流しでいいか?というお客様の質問には、当然、羽織を着ましょうとお答えしました。理由は、羽織りは洋服の上着と一緒なので、伺うお店に失礼だから。なのですが、新幹線というキーワードに無意識に反応したのかもしれません。

時代は遡って、明治40年代(明治は45年まで)小説家の永井荷風の話、日露戦争に勝って庶民の生活が豊になってきて、明治30年代までは、夏でも薩摩絣の着流しで、どこへでも行けたけれど、40年代になると、人を訪問するのに、羽織なしでは決まりが悪い気がすると愚痴を言った、また、そのころの夏羽織は、初夏には変わり地の単衣、暑くなると絽、土用中は紗と書き残しているようです。

夏でも羽織を着るのがマナーというのは明治40年代に始まっていたと思えば、私の根拠なきポリシーにも少しばかり言い訳がつきます。

土用というと、昨今では「夏の土用の丑の日」しかあまり使われないのですが、前回のブログで書いたように、土用は1年に4回あり、明治の頃には土用の期間を土用中と言って日常的に使っていたと思われます。土用や、立夏、立秋などの二十四節気は、旧暦と違って、太陽の動き(というか、地球と太陽の位置)に合わせた暦なので、季節や気候との関係が深く、これらに合わせて、着るものの素材を決めるというのは悪くないと思います。

それにしても、明治の頃よりは温暖化ですので、初夏に透けない単衣羽織りは暑いですね。現代なら春分の前の啓蟄(3月上旬)あたりくらいから単衣羽織りになり、初夏の始り立夏(5月上旬)くらいからは、もう透けてるもの。絽でも変わり絽や、やや透け感のある変わり織ですかね

先日、7月の中旬に行われた将棋の対局で藤井棋士は紗の羽織りをお召しになっていました。当然、土用に入る前です。個人的には紗は透けすぎていて好みではありません。そういうわけではないのですが、盛夏の羽織りは紗でなくてはならないということではないと思います。もっと、自由で良いと思います。

 

土用と干支

先日、ウナギを食べようということで、香ばしい系の馴染みの鰻屋さんに行ったら、臨時休業。じゃあ、近くのフワフワ系に行ったら、そこも臨時休業。じゃあ、と次の次の次くらいまで候補が上がったのですが、これだけ鰻屋があるのは浜松ならではなのか?

結果、3軒目は開店していました。きっと、土用の丑の日の前に休んでいたのか、何かを仕込んでいたのかもしれません。

ちなみに土用というのは、、、春夏秋冬の四季は五行である「木」「火」「金」「水」の気に対応していて、季節の変わり目である四立(立春、立夏、立秋、立冬)を境に「気」が変わるのですが、いきなり変わるのが大変だから、エネルギーのニュートラル期間があり、その期間が五行の残りひとつである「土」の気が旺盛になるということで、四立の前に4回(約18日間)あります。

で丑の日というのは、十二支の順番で曜日のように毎日順番で変わっていくもので、12日ごとに丑の日がきます。この十二の繰り返しはいつから始まっているのか?というと、紀元前69年から延々と1回もリセットされていないというから面白いです。

だから何?なんですが、丑は牛じゃなくて12日おきの周期の目印、ただの記号なので、そこにどんな意味があるのかは、占い師じゃないとわからないし、土用の丑の日にウナギというのも、始まりは夏に鰻を売るためのコピーだったらしいから、根拠がなくても、そういうもんだと思ってしまえば、ウナギも美味しくなるということですね。

レア当たり

浜松では、新幹線が踏切を通過するという場面に出会う時があります。が、遭遇したのは初めてです。レアなものに出会えると得した気分です。部屋で猫の髭を拾った時と同じくらい嬉しかったです。

京都に仕入れに行って、問屋さん、メーカーさん廻りをしていると、レアな品ものを発見することがあります。そのために、毎月京都に行っているともいえるのですが、もともと、大量生産しているようなメーカーのものは扱っていませんが、少しづつ1点ものをつくっているメーカーさんの中でも、偶然出来たものとか、普段はあまり作らないものだったり、沢山は手に入らない糸を使ったものとか、、色々な理由なレア作品があります。そんな京濱好みのレア商品をゲットしたときは、ウッシッシ。

世界でひとつのお洒落をお客様に提供できると思うと嬉しくなります。